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第三軍司令官報告
臣希典
明治三十七年五月第三軍司令官たるの大命を拝し、旅順要塞の攻略に任じ、六月剣山を抜き、七月敵の逆襲を撃退し、次いでその前進陣地を攻略し、鳳凰山及び干大山の線に進み、敵を本防御線内に圧迫し、我が海軍の有力なる共同動作を相須ちて旅順要塞の公圍を確実にせり。
八月大孤山及び高崎山等を陥し次いで強襲を行い東西盤龍山の三塁を奪ひ爾後正攻を以て攻撃を続行し、遂次要塞に肉薄し、十一月下旬より十二月上旬に亘り二〇三高地を力攻して遂にこれを奪取し、港内に蟄伏せる敵艦を撃沈せり。
既にして攻撃作業の進捗に伴ひその正面の三大永久堡塁を占領し直ちに望台付近一帯の高地に進出し、将に要塞内部に突入せんとするに當たり、三十八年一月一日敵将降を請ひ茲に攻城作戦の終局を告げたり。
時に北方に於ける彼我両軍の主力は沙河付近に相対し戦機正に熟し軍の北進を待つこと急なり。
因りて一月中旬行進を起こし二月下旬遼陽平野に集中し、直ちに運動を開始して奉天付近の会戦に参與し、全軍の最左翼にありて繞囘運動を行い、遂次敵の右翼を撃破し奉天西方に邁進してその退路を遮り、連戦十余日尚敵を追躡して心臺子石佛寺の線に達し、一部を進めて昌圖及び金家屯付近を占領せしめたり。
五月各軍と相連なりて金家屯康平の占め尋いで敵騎兵大集団我が左側背に来襲せしも之を駆逐し、茲に軍隊の整備を終わり機の塾せるを待ちし所、九月中旬休戦の命を拝するに至れり。
之を要するに本軍の作戦目的を達するを得たるは、陛下の御稜威と上級統帥部の指導並びに友軍の協力による。
而して作戦十六か月間、我が将卒の常に勁敵と健闘し忠勇義烈死を観ること帰するが如く、弾に斃れ剣に殪るる者皆陛下の万歳を歓呼して欣然として瞑目したるは、臣之を輻輳せざらんと欲するも能はず。
然るに斯くの如き忠良の将卒を以てして、旅順の攻撃には半歳の長日月を要し、多大の犠牲を供し、奉天付近の会戦には、攻撃力の欠乏により退路遮断の任務を全うするに至らず、また騎兵大集団の我左側背に行動するに当たり之を撃砕する好機を獲ざりしかば、臣終生の遺憾にして恐懼措く能はざる所なり。
今や闕下に凱旋し戦況を伏奏するの寵遇を担ひ、恭しく部下将卒と共に天恩の優渥なるを拝し、顧みて戦死病没者に此の光栄を分かつ能はざるを傷む。
爰に作戦経過概要死傷一覧表並に休養及び衛生一班等を具し謹んで復命す。
明治三十九年一月十四日
第三軍司令官男爵 乃木希典
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